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「新生活」 来楽零

 

 小さなベッドの上に、赤いカーテンの天蓋がかかっている。

 お姫様ベッドが部屋の真ん中にあって、窓際には子供用の机、その横には本棚、反対側の壁際にはアンティーク風の木のクローゼットが置いてある。

 アンナは大きな目をさらに大きく開いて、部屋の中を見回した。草薙は笑ってアンナを見下ろす。

 アンナはしばらく部屋を見つめたあと、くるりと半回転して草薙の方を向いた。

「イズモ」

「ん?」

 アンナは言葉を探すように口をぱくぱく開閉させ、ようやく一言だけ言った。

「ありがとう」

 バーHOMRAの二階にある物置だった小部屋を、アンナの部屋にするためにリフォームし、必要な家具をそろえた。

 今日からここが、アンナの家になる。

「お気に召していただけたようで、何よりです」

 草薙はおどけて軽く腰を折りながら笑った。

 アンナがそれに応えようとするように、ほんのわずか口の端を持ち上げて不器用な微笑みを浮かべる。

 草薙は十束のようにとりわけ子供の扱いがうまいわけではなく、周防のようにアンナとフィーリングで通じ合えるわけでもない。が、何も無理に子供扱いせずとも、普通に一人の人として接して何ら問題ないほど、アンナの内面は大人だった。

「さ、腹へったやろ。下で昼飯食お」

 草薙は言って、アンナを伴って階段を下りた。

 

 店に下りると、そこは炊き出し場のようになっていた。

「ちょ、十束さんそれやりすぎじゃね!?」

「ロシアンルーレットの弾丸に威力がなかったら意味ないじゃないか」

 十束が八田につっこまれながら、赤く禍々しいペーストを練っている。

 伏見がその様子を実にくだらなそうに横目で見ながら、黙々と機械的におにぎりを握っていた。

 周防はカウンター席に腰掛けて、見るともなしにその光景を眺めている。

「……なにしとるん?」

 草薙が呆れながら声をかけると、十束が顔を上げて明るく言った。

「あ、草薙さん。今日の昼飯はおにぎりだよ」

「そらわかるけど。お前が練っとるそれはなんやねん」

「〝当たり〟だよ。ロシアンルーレットだからね」

「辛っ! もうなんかにおいだけで辛いんだけど!?」

 八田が十束の練っているペーストに鼻を寄せて顔をしかめた。

 厨房から持ち出してきた業務用の電気釜の前では、鎌本が白米を握るそばから口に入れている。

「鎌本テメェ、食ってんじゃねーよ!」

「いてっ、味見っすよー!」

「握り飯に味見もくそもあるか!」

 騒ぐ八田と鎌本の横で、十束が毒々しいほどに赤いペーストを白米の真ん中に落とし込みながら、アンナに向かって微笑みかけた。

「部屋、どうだった?」

「……キレイだった」

「今日からアンナはここで暮らすんだからね。何か足りなそうなものとかない?」

「大丈夫」

「そういや、明日から朝ご飯どうする? 朝は草薙さんいないよね」

 器用な手つきで綺麗な三角のおにぎりを作りながら、十束が草薙を見て言った。そういえばその問題があった、と草薙も腕を組む。

「せやな。尊一人ならほっときゃええけど、これからはアンナも一緒やし。尊だけやったらどうしようもないなぁ」

「……飯ぐらい作れる」

 カウンターに頬杖をついて、周防が憮然とした声を出した。

 草薙は信頼感のひとかけらもない目で周防を一瞥し、オーバーな仕草で両腕を広げて首を振る。

 十束もにこりと笑みは向けたものの、周防の発言は無視して草薙に視線を戻した。

「俺、アンナの朝食作りに来ようか?」

「とりあえず明日はそうしとき。そっからはまあ、交代制やな」

「おい」

 不本意そうな周防の声がかかる。

「作れるっつってんだろ」

 草薙はため息をついた。

「あのな、尊。放っとくと、お前飯作る作らん以前に、そもそも三食まともに食わんやろが。起きたくなったら起きて、腹減ったら食う。んな動物みたいな生活にアンナつきあわせられるかい」

「でも、アンナが来たことを機にキングが生活を改善するってならいいね! 朝七時に起きて、ご飯作ってアンナと一緒に食べる健康的な生活を始める?」

 呆れ顔の草薙の説教と、にこにこ顔の十束の提案に、周防はスイと視線をずらした。

「まあとりあえず、腹減ったんで昼飯にしません?」

 鎌本が口の周りに米粒をつけた状態でしゃあしゃあと言った。

「そうだね、ロシアンルーレットの弾丸も仕込んだことだし!」

「げ、いつの間に」

 あの禍々しい激辛ペーストをはらんだおにぎりを、十束は皆の目を盗んで皿の中に潜ませたらしい。

 草薙は、はぁ、と息をついた。

「アンナに当たったらどないすんねん」

「大丈夫」

 アンナは静かに言って、ポケットから赤いビー玉を取り出すとそっと左目の前に掲げた。

「あっ、能力使うのずるくねぇ!?」

「自分の持てる力でベストを尽くすのはアリだよー」

 非難がましい声を出した八田を、十束がにこにこしながらなだめる。

 アンナはビー玉越しにおにぎりの群れを見回して吟味し、一つ選び出した。

 続いて、伏見がすっと一つ取り上げる。八田がその迷いのなさに目を見開いた。

「猿比古、決断はえーな」

「自分が作ったのにはわからないように目印つけといたんで。罰ゲームのやつだけじゃなくて、梅干しも昆布も明太子も嫌いなんで」

「なっ、イカサマじゃねーか!」

「ベストを尽くすのはアリなんだろ」

 むむっと口を歪めた八田は、おにぎりの盛られた皿をじっと見つめ、慎重に選ぶ。次いで他の面々も手を伸ばした。最後に周防が、無造作に一つわしづかむ。

「それでは、アンナの新生活スタートを記念して」

 十束が言って、おにぎりを高く掲げた。

「かんぱーい!」

 何かが間違っている気がしながらも、一同は十束の発声に合わせて手にしたおにぎりを掲げ合い、かじりついた。

「あ、うまい」「お、ツナマヨ」と安堵の声がそこここから漏れる。草薙が食べたおにぎりの中身は、ほどよく塩味のきいたイクラだった。

 その中にあって、一人眉間にしわを寄せて止まったのは、周防だ。

 十束がにやりと笑う。

「さっすがキング、引きが強いね!」

 周防は禍々しく赤いペーストがあふれ出したおにぎりを仇のように見下ろしながらも、残り二口でそれを食らった。

 おお……と一同にどよめきが走る。

 しかめっ面をしている周防の服の裾を、アンナがくいくいと軽く引っ張った。

「今度、教えてもらって、私がご飯作るから」

 慰めるように言われたその言葉に、周防はさらに渋面を深め、人指し指でべしりと軽くアンナの頭を弾いた。

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