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『K -R:B-』

2015年9月16日発売予定『K -R:B-』(著:あざの耕平)より、本編の一部をホームページ限定で先行公開!

 彼の人生の根幹を成し続けたのは、ある「疑問」だった。

 彼はごく幼少のみぎりから、神童と呼ばれていた。頭脳明晰で運動神経に優れ、何をやらせてもすぐに周りのトップに立った。平凡な生まれの平凡な両親は、出来の良い息子を素直に喜んだ。両親に似た兄もまた、出来すぎた弟を誇りに思っていた。

 彼は、自分が両親や兄、その他周りの人々より、遙かに優秀であることを認識していた。時にその優秀さは孤立や孤独を生み、ある種の諦観やシニカルさの苗床となった。しかし、だからといって人格を歪ませるような愚かさを、彼は持っていなかった。注がれる愛情を真摯に受け取りながら、謙遜さや驕りに偏ることなく、己が正しいと信じる道を弛まずに歩み続けた。

 彼の人生は、挫折や敗北とは無縁だった。悲しみや怒りすら、ほとんどなかった。

 ただ――

 それでもやはり、彼の中の「疑問」だけは、どうしても消えなかった。

 人は、できることとできないことがある。

 人は、できることの中から、自らの生きる道を見つける。

 その「答え」のようなものが、彼にはなぜか、よく見えた。出会う人物がどういう人物でどういう立場に相応しいかを、不思議なほど明瞭に見通すことができた。

 ……いや、そもそも人に限らず、様々な事物の意義や在るべき形が、悉く、手に取るように知覚できた。腑に落ちた。むろん、森羅万象を理解しているなどと自惚れることはない。わからないことは山のようにあり、世界の広さや奥深さもわかっているが――少なくとも、自分にわからないことがあり、世界が途轍もなく広く奥深いということを、正しく理解していた。そして、その理解こそは、真なる賢者の資質であったに違いないだろう。

 そんな彼が、どうしても解けなかった疑問。

 自分はいったい、何者なのか。

 すべてを弁えるが如く振る舞い、その通りに結果を出す自分とは、いったいどういう存在なのか。

 人は、できることとできないことがある。しかし、自分は大抵のことは難なくこなすことでできた。

 人は、できることの中から、自らの生きる道を見つける。では、大抵のことをこなせる自分は、どのような道を生きれば良いのか。

 常に泰然としていた彼がそんな悩みを抱えていたなど、彼の側にいる者たちが知れば、大いに驚き、困惑したに違いない。しかし、彼にとってその悩みは、己の生に落ちた拭いがたい影だった。

 自分はいったい、何者なのか。

 その「答え」を知ったのは、彼が二十一のときだった。

 

     +

 

 それは劇的なようでいて、もうずいぶんと長いこと待ち続けていた瞬間でもあった。

 運命論的様々な観点を割愛して端的に述べるなら、その事件はテロリストによる旅客機のハイジャックだった。

 上空一万二千メートル。ロサンゼルスからの国際便をジャックしたテロリストグループの狙いは二つあった。ひとつは、戦後猛烈な勢いで発展し、世界経済を半ば支配するに至った日本国、及びその中核を為す一連の企業グループに対する敵愾心と批難の表明。そしてもうひとつが、豊かな日本から交渉で引き出せるであろう、莫大な身代金だ。そう言う意味では、彼らは政治的、あるいは宗教的主張を掲げるテロリストというよりは、武装犯罪者グループと呼んだ方が、より適切だったかもしれない。いずれにせよ、彼らはスペシャリストではなかったが素人でもなかったし、その計画も完璧とまでは行かずとも十分に練られたものであった。

 彼らにとっての不運は、ある一点。その便に一人の青年――宗像礼司が同乗していたことだった。

 宗像は、旅客機をジャックしたテロリストたちを入念に観察したのち、彼らが訓練された軍人ではなく、多少荒事に長けただけの民間人であることを見て取った。そしてまた、訓練されていないからこそ、些細な不測の事態で犠牲者が出る可能性が高いと判断せざるを得なかった。

 本来なら一民間人の自分が介入していいような事態ではない。が、今回は当局の対応を待つ余裕はなさそうだ。宗像は速やかに決断したのち、テロリストたちのフォーメーションの穴を突いて、彼らの一人を襲撃。武器を奪

取した。そして、敵に気付かれることはもちろん、周りの乗客にも騒ぐ余裕すら与えず、客室にいた残り二名の

テロリストを順次無力化することに成功した。

 想定外だったのは、同乗していた一人の女性――それも、宗像よりさらに若い女性が、こちらの意を汲み、ただちに連動してくれたことだ。武術の嗜みがあるようだったが、それにしても勇敢で大胆な反応である。何より感心したのは、その判断と行動が、いずれも「的確」だったことだ。

 これなら。そう判断した宗像は、すぐさま女性に協力を仰ぎ、連携して事に当たった。彼女は宗像の期待に見事に応え、二人は一人の犠牲者も出すことなく、テロリストたちを制圧してのけたのである。

 二十歳前後の民間人二人による、ハイジャック犯からの機体奪取。無謀どころか妄想とすら断じられそうな行為だが、居合わせたクルーや乗客たちは、奇跡を平然と成し遂げた宗像たちを前に、ただただ息を呑んでいた。

 ところが、重大な問題が発生したのは、事件が解決したかに見えた、すぐあとだった。テロリストたちが仕掛けていた爆弾が爆発したのである。

 完全な事故だった。テロリストたちすら驚いていたほどだ。結局後々まで具体的な原因は判明しなかったが、爆弾に何らかの欠陥があり、信管が誤作動したらしかった。幸い、ただちに機体が瓦解するには至らなかったが、旅客機は安定を失い、破滅へのランディングを開始した。

 機内は瞬く間に地獄と化した。機体が踊り、座席が傾き、固定されていなかった物が一斉に宙を舞った。収納されていた荷物が飛び出し、負荷に耐えかねて窓が割れ、気圧差によって突風が渦を巻いた。阿鼻叫喚が辺りを埋め尽くし、狂気のパニックが人々を蹂躙した。

 が、そんな中、宗像はなお、考え続けていた。その優秀な頭脳をフル回転させて、打つべき対策を講じていた。本心では、これはさすがに無理だ、と冷静な判断を下しつつ、それでも諦めることなく対処し続けた。

 死にたくなかったからではない。どうにかなると思ったからでもない。

 ただ、それが「正しい」と感じたからこそ、宗像は諦めなかった。「そうすべき」だと思ったが故に、宗像は模索し続けた。全身全霊をかけて。ほとんど生まれて初めて体験する「本気」になって。

 悲鳴や騒音はシャットアウトされ、思考が心身を埋め尽くす。シナプスが焼き切れ弾け飛びそうなほど真剣に、この世のどこにも存在しない回答を求めて、思考の枝葉を無限に伸ばす。

 気がつけば、心臓が早鐘を打っていた。

 その鼓動に、何かが、リンクした。

 そして――

 最初に感じたのは、戸惑いだ。宗像には極めて希なことだが、その状況を認識したとき、彼は思考を中断し、戸惑った。それから次第に興味を持ち――彼の悪癖のひとつだが――直前までの深刻さすら忘れて、予期せぬ状況を面白がった。

 完全な虚無と思える暗闇に、宗像は一人、浮かんでいた。いや、もしくは自らの五感が断たれたのかもしれない。つまり自分は死んだのだろうか。これが「死後」というものなのだろうか。実に興味深い。ただ、少々退屈でもある。仮にこの状況が以後永続、ないしは長期にわたって継続されるのだとすれば、人間安易に死ぬものではないな、と感想を持った。

 それとも、やがて自我が消失し、退屈という感覚も解消されるのだろうか。いや、そもそも時間という概念からして、すでに意味を失っているのではないか。いま現在の自分はどうだろう。この思考は一見経時的論理性を保っているように感じられるが、それを証明する手段はない。いやいや、いま感じつつあるこの退屈という感覚こそ、時間の経過を、つまりは時間の流れが存在すること、及びその事象に対する感覚が失われていないことを証明することになりはしないか。やはり実に興味深い。そして少々退屈だ。

 ただ、宗像の退屈は、解消された。彼は、自分以外の何かが、静かに横たわっていることを知覚した。その瞬間、虚無的な暗闇は彼我を有する空間となった。

 宗像が知覚したのは、巨大な円盤状の鉱物だった。

 石盤。

 ドクン、と心臓が脈打った。同時に、その石盤の中心が輝き、表面を這うように光の筋が瞬いた。

 淡く美しい、青い光。

 ドクン、ドクン、と宗像の鼓動に合わせ、光の筋は光度を増していく。よく見ると、石盤は表面上に幾何学的な文様が彫られていた。光はその文様に沿って流れているのだ。それも、宗像の鼓動と波長を合わせながら。

 宗像は思い出した。ここに「呼ばれる」直前、自分の鼓動と何かがリンクした気がした。それが、この石盤だったのだ。

 石盤が脈動する様は、不思議な荘厳さと無機質さを合わせて持っていた。神代の昔に作られた集積回路が、宗像という触媒を得て稼働するかのようだった。

 「世界」が搭載する、「運命」に直結した回路。

 湧き上がる興奮に心拍数が上昇する。合わせて、石盤の光も激しさを増していく。宗像が魅入る前で、ついに石盤は光に包まれ、その光は宗像をも呑み込んだ。宗像の意識が白く染まり、そこに石盤から様々なものが流れ込んできた。

 石盤の記憶。

 石盤の力。

 そして、石盤の意思。

 宗像は、自らが「選ばれた」ことを知った。思わず刮目した瞬間――

 落下する機内に、再び戻っていた。

 絶望に塗りつぶされた光景は、宗像が記憶していたものからほとんど変化が見られない。またしても時間に関する考察が脳裏を掠めたが、小さな微笑で脇に追いやり、目の前の困難に集中する。

 得たばかりの知識に基づき、「力」を振るった。

 宗像の全身から鮮烈な青い光が迸った。光は拡散し、周囲の空間を宗像の意思の下に「制御」していく。光に包まれた人々が恐慌から覚め、正気を取り戻した。そればかりか、宙を飛んでいた紙コップや雑誌までその場で運動を停止し、唸りを上げていた風がピタリと止んだ。青い光は機内を埋め尽くし、さらに広がって旅客機全体を包み込んだ。さらにさらに広がり、拡散し、旅客機を中心とした半径五百メートルほどの球体にまで拡大したところで、

「――おっと」

 宗像が「力」の放出をセーブ。喜び勇むかの如くに領域を広げていた「力」が、直ちに宗像の意図に従う。キンッと澄んだ音を立てて一辺が百メートルほどもある青く輝く立方体となり、瓦解寸前だった旅客機をその内部に閉じ込めた。巨大な立方体内部は時間が止まったかのように静まり、物理法則さえ無視した「宗像の秩序」に支配されている。

 宗像は、眼鏡を指先で軽く押し上げつつ、自らが行使した「力」の結果に、ふむ、と頷いた。

 それから不意に頭上を見上げた。

 機体の天井に遮られて、目視することは適わない。しかし、ここよりさらに上空に、巨大なひと振りの「剣」――「力」の結晶体が浮かんでいるのが感じ取れた。

 宗像の剣。

 青の王の剣だ。

 宗像はしばし頭上を見上げていたが、やがて改めて機内の様子を見渡した。

 紛う事なき超常現象を目の当たりにしたクルーと乗客たちは、言葉もないまま呆然と自失している。そしてそれは、ついさっき宗像に協力した女性も例外ではなかった。シートに手をかけて必死に体勢を保とうとしていた姿勢のまま、きつく唇を結び、表情を硬くしている。

 彼女が何も理解できていないのは明らかだ。ただ、それでも彼女は――ついさっきまでの宗像と同じく――決して諦めようとはしていなかった。己が混乱していることを自覚しつつ、この謎の事態と向き合おうとしていた。

 なるほど、これはやはり、極めて好ましい人材だ。宗像は大きく頷いた。

「――淡島君、でしたね」

「は、はい……」

「どうやら、長年の『疑問』が解けたようです」

 緊張の面持ちを浮かべる女性に向かって、表面上は平然と、その実清々しい上機嫌で、宗像は話しかけた。そして、続きを待つ女性を余所に、華やかな笑みを浮かべて、もう一度天を仰いだ。

 自分はいったい、何者なのか。

「王、ですか……。なるほど。それはなかなかわからなかったわけだ」

 

To be continued...

 

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