GoRA PROJECT Group of writers who pursue for “A piece of work that can be enjoyed by anyone”

K -Lost Small World-

2014年春発売『K -Lost Small World-』(著:壁井ユカコ)より本編の一部をホームページ限定で先行公開!

・~Period 1より~

・~Period 2より~

~Period 1より~

 

 電気は消えていて部屋は薄暗かった。表の大通りに面した窓が奥にあり、雨模様の空の色と同じ鈍い灰色の光が壁に掛かった日向(ひむか)中学の制服にあたっている。

 ベッドの上に目を転じると、掛け布団が盛りあがって三角形の小山ができていた。小山の向こうで青みがかった光がまたたいている。

「……? 伏見?」

 ぐすん、ぐすんと洟をすする音が聞こえ、小山がもぞもぞと上下する。八田はベッドサイドに近づき、首を倒して小山の向こうを覗き込んだ。

 掛け布団を頭からかぶってうずくまった伏見が、例のホログラフィーのディスプレイを熱心に見つめてキーボードを叩いていた。

「ふーーしーーみぃーー」

 あきれ返って八田は伏見の耳に嵌まっていたイヤフォンを片っぽ引っこ抜き、耳に向かって呼びつけた。伏見が首をひねってこっちを振り仰いだ。掛け布団が頭からずり落ちて顔が露わになった。青い光が色白の顔と眼鏡のレンズに映っているが、あきらかにほっぺたが赤い。

「八田。なんでいるの?」

 と純粋に不思議そうな顔をして、ず、と洟をすすった。

「プリント持ってけって担任に押しつけられて来たんだよ。病欠じゃねえのかよ」

「ああ別に、サボっただけ。やっちゃいたいことがあったから」

 さらっと言ってイヤフォンを耳に突っ込みなおし、ディスプレイに目を戻す。手探りでティッシュボックスからティッシュを一枚むしって鼻をかむという一連の動作のあいだもディスプレイから目を離さず、一秒たりと手を休める時間が惜しいというようにまたキーボードを叩きはじめる。

「うらーっ! おめーは締め切り前の漫画家かーっ!」

 咆吼して八田は伏見の両方の耳からイヤフォンを引っこ抜いた。

「どこがサボっただけだ! 普通に風邪っぴきじゃねえか! おとなしく寝てろっての! この部屋なんか空気悪ぃな、五分だけ窓あけっから布団かぶってろ」

 どすどすと窓辺に寄って窓を開け放った。風が強い日ではなかったので雨粒が吹き込んでくることはない。ひやりとした空気が頬に触れる。

「誰もいねえみたいだけど、なんか食ったのか? 水分摂ってるか? 水でもなんでもいいから持ってきとけよ。台所って一階か?」

 部屋を見まわすが食べ物も飲み物も見当たらない。風邪っぴきを一人で家に放置して、なんにも用意もされてないってどういうことなんだ。

「一人でうるさい奴だな……」

 などと恩知らずな毒を吐きつつ伏見が性懲りもなくまたキーボードに向かっているので八田は怒りを爆発させた。「うらあーーーっ! オレがおまえのおふくろだったらキレてんぞっ! 飯食ったのかって訊いてんだよっ!」

 伏見からイヤフォンとタンマツを取りあげて勉強机の上に投げつけた。空中に投影されていたディスプレイとキーボードが消え、伏見が煩わしそうに「なにすんだよ。うぜー」と舌打ちした。ほんとこいつが息子だったらクソ生意気でたいへんだな!?

「なにをそんなに夢中になってやってんだよ?」

「メールアプリ作ってんだよ。あとは細かいとこ見直してデバッグ」

「メールアプリ? あるじゃねえか、もう」

「純正のアプリなんか使ったら情報ダダ漏れだ。〈jungle〉はスパイウェアを植えつけるって前に言ったろ。メールの内容とかタンマツに入ってる個人情報とか、タンマツ上で起こったこと全部、スパイウェアを通じて〈jungle〉に吸いあげられてる可能性がある。だから自分で暗号かけたのを作ろうと思って。二人でメールする程度のだったらそんなに大がかりじゃないし」

 アプリを作るって、そんなことできるのか、っていうかアプリって誰かが作ってるものだったのかというところからはじまって、八田にとっては伏見の説明の半分以上が宇宙語で耳をつるつる滑っていったが、最後の部分がかろうじて引っかかった。

「二人でメール……って、オレとおまえ、ってことでいいのか?」

「アドレス交換したいって、八田が言ったんだろ。おれは見られて困る個人情報なんかもともとタンマツに入れてないし、〈jungle〉がスパイウェアだろうが別にいいから入れっぱなしにしてたけど……今までは」

 ティッシュボックスを引き寄せながら伏見はぼそぼそ言って、ぶーんと洟をかんだ。

 アドレス交換を申し入れて「人のデータなんか入れたくない」とにべもなく断られた意味は……そういうこと、だったのか。

「八田がいらないんなら完成させるのやめるから、いいけど」

「え!? いらねーなんて言ってねえだろっ」

 赤くなった鼻の頭をつんと背けて天の邪鬼なことを言いだすので八田は慌てて否定した。伏見がちらりと半眼でこっちを見て、

「欲しい?」

「ほっ、欲しい欲しい。超欲しい。おまえと連絡つかねえの不便だもん。けど、続きやるのは風邪治ってからにしろよ」

 なだめるように言ったら伏見はどうやらその答えに満足したらしい。横になって布団を引っ張りあげた。

「なんか食ったのか?」

 枕に顔を近づけて問うと、喋るのもだるそうに枕の上で首を振った。

「なんか食えそうか? あっお手伝いさんが飯作ってくれてるんだってな。持ってきてやるよ」

 顔をしかめてもっと激しく首を振る。そういえばお手伝いさんが作っていくものは食べないと阿耶が言ってたっけ。

「じゃあオレがなんか作るか? こう見えてけっこうレパートリーあるんだぜ。好きなもんなんでも作ってやるよ。カレーとチャーハン限定だけどな」

「二種類は"なんでも"じゃねえ」具合悪いくせにツッコミは素早いな?

「あっあと雑炊も作れるぜ。たぶんだけど。米と卵とめんつゆくらいあんだろ? よし決まった、雑炊なら食えるだろ。台所借りるぞ。おまえはひと眠りしとけよ。あ、その前に氷枕作ってきてやる」

 一方的に決定事項にして部屋をでていこうとしたが、反応がないので戸口で振り返ると、伏見はぐったりと目を閉じて浅い呼吸をしていた。相当具合が悪そうだ。

「……ここ、開けとくから、なにかあったら呼べよ。すぐ来っから」

 ドアを開け放したまま廊下にでた。

 なんでこの家、おとなが誰もいねーんだ……。あらためて腹立たしくなってきた。こんだけつらそうな子ども一人で放置して……いやオレはもう中学生だし一人でぜんぜん平気だけど、まあ伏見も同い年なんだけど、けど、二、三ヶ月前まで小坊だったんだぜ?

「……あ、おふくろ? 今クラスの奴の家にいるんだけどさー」

 二階の様子に神経を向けつつ、階段の途中でタンマツをだして家に電話した。

『なあに? クラスの友だちが風邪? お母さんはいらっしゃらないの? いないって……子ども置いてどこに行ってるの?』

「知らねーよ。子どもっても中一だぞ」

『中一は子どもでしょうが』

「それよりさ、飯も食ってねえっていうから作ってやろうと思うんだけど、ほら、卵雑炊あるじゃん、風邪のときおふくろが作るやつ。あれオレでも作れるかな」

『よそのお宅で台所なんかお借りして、火事にでもなったらどうするのよ。お母さん行こうか?』

「へ? わざわざ来るほどのことじゃねえよ。萌連れてくるわけにもいかねえだろ」電話口の向こうで赤ん坊がむずかっているのが聞こえていた。妹の萌だ。「いいから教えてくれよ、オレができるから」

『けどあんた一人じゃねえ……』

「うるせえこと言ってねえで、教えてくれっつったことだけ教えてくれりゃいいんだよ」

 やたあ、というかぼそい呼び声が二階から聞こえた。

「ん? どしたあ?」

 タンマツを口から離して二階を振り仰いだが、声はそれきり聞こえない。もう一度タンマツに向かって「いっかい切るからな。あ、先に言っとくけど今日遅くなるかも……」『当たり前でしょ』と、言い終わる前に母がかぶせてきた。『お母さんがお帰りになるまでいてあげなさい。困ったことがあったらすぐ電話するのよ』

「わかってるって。いちいちうるせえな」

 反抗的に言い返しつつも心強さを得て電話を切った。

 二階に駆け戻って部屋を覗き、

「伏見? どうした?」

「喉渇いた」

 なにかと思えば布団の中からその旨の要望である。

「へいへい、なにが飲みたい?」

「なんかうっすーいグレープ。果汁0パーとかのやつ。微炭酸だともっといい」

「要望細けえな……0パーって果汁入ってねえじゃん。いいけどよ。すぐそこにコンビニあったよな。ひとっ走りしてくるわ」

「小銭、リビングのカップボードの上の皿ん中」

「あいよ」

 街のど真ん中にある家なのでちょっとした買い物の便がいいのは助かる。小走りで階段をおりはじめたら、

「やたー」

 と、また上から呼ばれた。

「ん? おー」

 二階を振り仰ぎ、また駆け戻って部屋を覗いた。

「どしたあ」

「あとなんかアイス」

「お、そうだな。熱あるとアイス食いたくなるよな」

「なんかうっすいバニラ。安いやつ」

「オーケー。うっすいの好きなのかよ……」

 請け負ってまた小走りで階段をおりはじめたが、

「……」

 ふと思うところがあって足をとめ、足音を立てないようにしつつ後ろ向きで戻りはじめた。耳を澄ませていたら、

「やたー」

「おう! やっぱりか! あとはなんだっ」

 呼ばれた瞬間に戸口に首を突っ込んでやった。布団の端から亀の子みたいに頭だけをだした伏見が「た」の形に口をあけたまま、びっくりしたように固まった。

「呼んだら来るつったろ? 何度も試しやがって。疑ってんのかよ」

 溜め息をついてから、八田は偉そうにふんぞり返って言う。

「コンビニ行ってても聞こえっからな。試したきゃ試せよ。おふくろ譲りの地獄耳なんだぜオレは。だから、大丈夫だからよ……何度も確認しなくても。安心して寝てろ」

 最後は口調をやわらげる。飛行船を追いかけた日、ビルの屋上で伏見とした話を、八田はとっくに思いだしていた。

 なんで伏見があんな些細な点に食いついたのか、あのときはよくわからなかった。寝込んでいるときに家族がそばにいて、ちょっとしたわがままを聞いてくれるっていう、八田としては誰でも子どもの頃当たり前に経験してるだろうと思っていたことが、伏見にとっては想像できないようなことだったのだ。

 頭の回転がめちゃくちゃ速くて、普通じゃない知識をめちゃくちゃいっぱい持ってる奴なのに……なんでこんな、普通の中一として当たり前すぎることを知らねえんだって、なんだか八田のほうが、せつなくて泣きたくなった。

「……窓閉めてけって言おうと思っただけ。さみーんだよ」

 洟をすすって伏見は文句を言い、布団の中にもそもそと頭を引っ込めた。素直じゃねえなと八田はあきれて「あーへいへい。悪かったな忘れてて」と窓辺に歩み寄った。

 部屋の換気も済んだ頃合いだった。雨は小康状態になっている。今のうちにコンビニまで往復してこられそうだ。

 窓を閉めてベッドを振り返ると、盛りあがった掛け布団の下ですこし息苦しそうな、しかし規則的な寝息が聞こえはじめていた。寝ちまったならジュースは急いで買ってこなくてもいいかもしれない。先に氷枕作ってこようかな、と考える。コンピューターのこととかネットのこととか数字のこととかには詳しいくせに、氷枕なんてこいつもしかしたら知らないんじゃないかという気がした。

 

          *

 

 母に電話で指示を仰ぎ、喧嘩腰のやりとりになったりしつつも台所(というより厨房と言ったほうがいいくらいのでかい冷蔵庫があった)で食事の準備を終え、まだ伏見が起きてこなかったので、ダイニングテーブルに突っ伏していつの間にか眠っていた。

 匂いで目が覚めた。なんかいい匂いする……。ちょっと甘くて、ちょっとスパイシーな感じっていうの? いい匂いすぎてくすぐったいような……。

 誰かが首を倒してこっちを覗き込んでいた。一つまばたきをすると、ぼんやりと白んでいた視界が一段階はっきりした。やたらかっこいい男の顔があった。あーこいつ、今はおとなしい顔してるけどおとなになったらこんな男前になんのな……まだ寝ぼけた頭で普通に納得してから、ぱちぱちとさらに何度かまばたきする。

「おまえなに? どこのガキ? 小学生?」

「……わっ!」

 がたんと椅子を鳴らして飛び退いたら「おうっ」と相手のほうも軽くのけぞった。八田は椅子の横で思わず気をつけをして「あっ……あ、えっとお邪魔してますオレ、伏見の……猿比古、くん、のクラスの」

「猿比古の? ガッコのダチ? へー小坊かと思った」

 ずけずけした物言いをする人だ。兄貴がいるなんて言ってなかったよな? これが親父? すっげ若いな……。じろじろ見ていると、向こうもなんだかにやにやして見返してくる。

 伏見がおとなになった、だなんて一瞬寝ぼけて考えたのも無理はなかった。雰囲気は違うが……あと眼鏡はかけていないが、目鼻立ちが驚くほど似ていて、ひと目で血の繋がりがあることがわかる。

 伏見のと同じ質感の髪は片側を掻きあげてワックスかなにかで固めていて、それがすごいキマッてて、なんかキラキラしたかっこよさを漂わせている。両の耳たぶに複数のピアス穴があった。古着っぽいヘンリーネックのシャツにシルバーアクセサリーをじゃらじゃらつけて、下はダメージ加工のブラックジーンズに、つま先がとんがったブーツ。平凡なサラリーマンでそこそこ歳も行っていて腹がではじめている八田の義父と同じ"父親"という種類の男とは思えないくらいの違いである。

「ほんとにおまえ猿比古と同い年? 最近の中坊はけっこう発育いいと思ってたわ。まあこれからなのかね。で? 猿比古とダチやってくれてんの? 名前は?」

「あ、八田です」

「名前訊いてんだからちゃんと言えよ」

「八田……美咲」

「みさき? 女みてえな名前だなあ。おもしれー。ガッコでからかわれたろ? 小坊とかってそういうのすぐネタにするもんなー」

「えっと、まあ……」

 脊髄反射で喋ってるみたいな言葉の数々に八田は顔を引きつらせた。変なふうに陽気な人だなあ。八田も性格は明るいほうだと思っているが、その自分ですらちょっとついていけない。顔は似てるのに伏見とはベクトルが真逆だ。

「んでウチのおサルさんはダチほっぽってなにしてんの? おーい、猿比古ぉ?」

「あっ伏見、熱あって寝てるんで起こさなくても」

 遠慮のない声を張りあげてダイニングからでていく男を八田は慌てて追いかけた。

「あ? んなもん寝てたほうが悪くなるって。血が足のほうに下がったほうが熱下がるんだぜ、知らねえのか? おーい、でてこいよ、猿比古ぉ。おれの声聞こえてねえわけねえだろ。隠れてんじゃねえよ」

 そんな話知らねえけど……ものすげぇ適当なこと言って男はひょいひょいした足取りで歩きながら手でラッパを作り、「でてこねえと新しいトモダチの口にカマキリ突っ込むぞ?」

 ばんっと二階でドアが壁にぶつかる音がした。

 

To be continued...

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